どん底まで尽くす女が我に返った瞬間⑨

どん底まで尽くす女が我に返った瞬間①

2019-04-14

どん底まで尽くす女が我に返った瞬間⑧

2019-05-08
登場人物

ユウキ…猛アピールして来たくせに、彼女持ちだった魔性の21歳。

HANA…私の親友。私が幸せになるように、心から願って協力してくれる。

ジュンさん…ユウキの一番仲のよい先輩。

サヤカ…職場の後輩。ダントツおバカキャラ。明るく人懐っこい20歳。

ふっきれた気持ち

4月の半ば、とうとうこの日がきた。
待ち合わせへと向かう車内では、緊張しいのサヤカが何度となく「やっぱりやめましょうか」と繰り返している。

「定時に仕事終わったって!もうすぐ愛しのジュンさんに会えるよ」
「あーっ、もうだめです。具合悪くなってきたー!吐きそう!!」
「車降りてからにしてー!!」

キャッキャと騒ぎながら、ワクワクそわそわするこのカンジが好きだ。

もう少しでユウキに会える。

街が近づくにつれて浮かぶ気持ちは変わってないけれど。

今日は、ジュンさんに会えるサヤカの笑顔が見たい。
若い子に慕われてニヤニヤするジュンさんの笑顔が見たい。
そんなジュンさんを嬉しそうに見つめるユウキが見たい。

自分の中で、世界が少しだけ違う輝き方を始める。

この間までは、一歩下がって見守っているつもりだった。
今は、2歩も3歩も下がっているつもり。

ユウキの笑顔が見たいけれど、一番近くでなくていい

他の誰かが見れば、コレを未練だと言うのかもしれない。
もし、そうだとしても。
私の中では精一杯吹っ切れていた。

先月までのウジウジやモヤモヤはない。

っていうのはキレイ事で。

彼女さんが近くに居る事で、少なからずユウキは息苦しくなると思っている。
お互いが束縛をしたがるタイプなのだけれど、ユウキはジュンさんやヤッチンとの付き合いの中で『自由』を知ってしまったから。

私という、『自由』を受け入れながらも、愛してくれる存在を知ってしまったから。

きっと、彼女さんでは満足していられないと思っている。

そう遠くない未来で別れたとして。
サヤカとジュンさんが上手く行けば、きっと私の話を聞くことになって。
あたらしい出会いの話を聞けば居ても経っても居られないでしょ?

私を欲して、焦げればいい。

そんなユウキを想像すると、堪らなかった。

あーあ、私ってそんなに腹黒かったのか。
誰かのために闇堕ちするのも悪くない、かなぁ。

という、とても褒められたものではない吹っ切り方をしているのだけれど。根っこは何にしろ、カラカラに飢えたような病み方はしなくなったので良しとしている!

だってね。

出会った頃のように笑えるんだ。
多くを期待することもなく、ユウキの嫉妬を感じて嬉しくなって。

サヤカと一緒になってジュンさんばかりを褒めると、ヤキモチを妬いたユウキが私を独占しようとするから。
そんな些細な楽しみくらい、もらってもいいよね?ね。

越えてはいけない線

程よくバカで、ノリの良いサヤカの活躍で初対面はめちゃくちゃ盛り上がった。

ユウキ達の気に入っている居酒屋でお腹を満たし、サヤカの「ジュンさんの歌が聞きたーい」という甘いリクエストからカラオケへ移動。
私は運転だから素面だというのに、みんなでアルコールに顔を赤らめて楽しげなのはちょっと羨ましい。

責任を持ってサヤカを連れて帰らなきゃいけないから、仕方ないけどね。

「ちゆも飲めよ」
「飲んだら帰れないでしょ」
「泊まっていけば良いじゃん」

「ジュンさん!可愛い後輩をお持ち帰りしようなんて甘いからね」
「ちぇ~」

ジュンさんはかなりサヤカの事が気に入った様子で、口説きに入っている。
もう、隙あらば連れて帰ろうとするから困るのはこっちだ。

「ちゆも、飲めって」
「私は運転手!」

そして、ユウキが執拗に私へアルコール勧めるのにも理由がある。私はこの誘いに絶対に乗る訳には行かない理由がある。

大人として、この上なくお恥ずかしい話ではあるのだけれど…お酒を飲むと私。

どうしようもなくキスしたくなる

のだ。これまでの「離れがたい」というやりとりの中にも、お酒を飲むことで意思が揺らいでしまい流されるという事が含まれる…なんとも情けない話。

もちろん普段の飲み会では、自分のクセが出ないように細心の注意を払っている。「お酒のせい」で誰にでも気軽にチュッチュするようなタイプでは、断じてない!!
そりゃぁ、20代になりたての頃に少しだけ、男女問わず、専門学校の同期達の唇をヘラヘラと奪って周った黒歴史もあるけれど…。

本能で人に嫌われることを嫌うためなのか、それなりに「空気を読んで合意の上だった」と友人たちは語っている。
「飲むと理性バカになるけど、バカみたいに理性に執着してる」と。
その状態を自覚してはいないけれど、確かに完全両手離しでアルコールへ身を委ねるのは苦手な気もする…。いや、わからないけど。

本当に嫌がっている人、恋人がいる異性へキスを強要することはない辺り、誰かを傷つけるような酔い方はしていないようだ。

それがコト、好きな人になると話は別で。

このまま一生キスして居たいと思うくらい、唇への欲求がすごくなってしまうのが悩みだった。

私自身がどうしようもなく唇を欲するのをわかっていて、さすがに相手も面倒くさいだろうという自覚があるから控えるのだけど。
その葛藤がジリジリと苦しくて、もどかしくて、ダメと思うとますますしたくなるという悪循環が起こってしまうんだ。

初めての彼氏と初めてのお泊りをした頃。
大好きな彼と一晩中、ギュッと抱き合って、キスして、朝まで過ごすのが好きだった。

私にはこの時間が心地よすぎて、キス=幸せ のような公式が出来上がってしまったのかもしれない。

彼いわく「あんまり幸せそうにするから、俺の欲しい気持ちだけで一線を越えて、怖がらせたりしたくなかった」とのことで、頭がおかしくなるくらい我慢しまくった期間だったらしいけどね。

ただ、飽きることなくキスを求める私は、とてもしつこいようで。
何度も「いい加減にして」と断られて悲しい気持ちも味わっている。

一度だけでいいから、キスしたい。
あと一回、もう一度、もう少し…もう一回だけでいいから…

最初の1度の口付けが、終わりのない欲求へのスイッチになってしまう。

これは私の、越えてはならない線

強い意志を持って、回避すると決めていた。
もう、ユウキに振り回されるのはごめんだから。

「ちゆさーん!次、何飲みますか」
「じゃぁ、カルピスソーダお願い」

私のかたい意志を知らずに、サヤカが元気よく問いかける。
ニッコリと炭酸飲料をリクエストして、鉄板で盛り上がる曲を転送した。

流行の曲を歌って、踊って、とても楽しい。
サヤカもすっかり2人に馴染んでいるようだったから、私は安心してトイレに立った。

「ねぇ、泊まっていけよ」

部屋に戻ろうとしたら、廊下で私を待っていたユウキに声をかけられる。

「帰るよ」
「ちゆと一緒に居たい」

ドラマのワンシーンですか?という空気感に、ニヤケそうになるのを笑顔で紛らわせた。惑わされないんだからね!

「ジュンさんたちも良い雰囲気だよ、2人にしてあげない?」
「君たちの浮気クセを知ってるからね。可愛い後輩を守る責任があるの」

隣をすり抜けて部屋に戻ると、注文したドリンクが来ている。
サヤカを家まで送るなら、そろそろ帰りたいなぁ~と時計をみながらグラスに口をつける。喉が渇いていたので、半分くらいを一気に流し込んだ。

「…ん?なんか後味、苦い」

気のせいかな?ストロー入ってるし…
首を傾げながらもサヤカとジュンさんの歌を聞いている内に、不自然な顔の熱さを確信し始める。

謀ったな…ッ!

[はかる、たばかる]意味:あれこれ工夫して、だます

アルコールに弱い私は、酎ハイを少し飲んだだけでも顔が真っ赤になってしまう。500mlを越えるまでは、特に、顔色しか変わらないのだけれど。

「ちゆ?なんか顔赤いけど…具合悪い?」

心配そうに寄って来るユウキが白々しく声をかける。
いや、店員さんのミスかもしれないんだけどね。

「これカルピスサワーじゃん!ちょっと俺、文句いってくるわ」
「いや、いいよ。どうせ運転はできないし」
「じゃあ、どうする?俺んち泊まる?」
「近くのホテルに泊まる」

話しのスムーズさから、内部の犯行だということを確信する。
この後どうするかをサヤカに相談して、近くのホテルに泊まるという事ですんなり決まった。

私は性格として0か100か。白か黒かハッキリしている部分があって。
つまり、一口飲むのも、一杯飲むもの同じと思ってしまう節がある。

どうして学習しないんだろう。

越えてはいけない線は、この時すでに越えていたんだ。

葛藤する事が趣味なのかもしれない

カラオケに入室してから2時間が経過し、1時間の延長を頼んだところから室内の空気がおかしくなった。

ジュンさんとサヤカは、今日が初対面とは思えないほどにイチャイチャしているので目を疑った。「え?私の存在見えてますか?」って言いたくなるほどに、間にある空気感がもはやカップルのそれなのだ。

幸せそうで、良いんだけど…
酔っ払いのテンションについていくには、酔わなくてはならない気がして必死に飲んだ。

結果。

「バカだなって思ってるんでしょ、見ないで」
「可愛いなぁって思ってるだけだよ」
「うそつきはキライなんだよ」
「ほら、目みて?ウソなんてついてない」

そんなに顔近づけないでよチューしたくなるから…!!!
・゚・(゚`Д´゚)・゚・

こちらもこちらで、どうしようもない空気感。

意地張って、墓穴掘って、自滅するスタイルから脱却したい。
いい加減ユウキに転がされる自分から卒業したい。

情けない。
情けない。

情けない、のに、…好き!

からかうような、意地悪なその笑みが大好物ですごめんなさい!!!
悔しいのに、転がされるこのジリジリした感覚も好きですごめんなさい!!!!

チューしたいのにしちゃダメ、な、もどかしさがキライじゃないですごめんなさい!!

こんな感じで時間まで過ごし、カラオケ店から出たのが深夜1時くらいだった。
サヤカがジュンさんとプリクラを撮りたいと言うので、そのまま同じ建物内のプリクラコーナーへ移動。

狭いブース内で身を寄せ合えば、ちゃっかりギュウギュウされたりさ。
はい!チーズの瞬間を狙ってキスされたりさ…
少女漫画でドキドキさせられるやつをまんまと仕掛けられて撃沈しましたよ。

私のマヌケ面とユウキのドヤ顔がキレイに補正されてて、一生財布に入れて歩きたい出来なんだけど…これを彼女さんが見たらどうするの?
想像しただけで心臓痛くなる、でも、形に残ってるのが嬉しくなる。

ああ、もう、最低だ。そんな事で酔いはさめないんだけど。

別れが惜しくて、興味もないクレーンゲームを見て回る。
散漫する視界に目的はなく、ただ歩き回る時間。

「ちゆ、我慢できないの?」

え?と顔を上げると、ユウキが熱っぽい視線を向けていた。

「ずっと、唇触ってるから。もっとしたくなっちゃった?」

おねがい、黙ってー!!

言葉にされるとトキメク自分を、その辺に埋めて欲しい…!!
もう、もういい加減よくない?いちいちドキッてしなくてよくない?

それもさ。私にしか聞こえないような、艶めいた声でさ。
雰囲気に弱いんだからやめてよ。

「ね?いっぱいチューしよう。朝、迎えに行けばいいじゃん」
「それは、ダメ。絶対ダメ」

「何がダメなの?」

「結婚前の若い男女が、一晩を共に過ごすなんていかん」

どこの日本昔話だよ!…わかった。ちょっと待ってて」

ユウキはそういうと、なにやらジュンさんに話に行ったみたい。
私はボケたつもりはないのに、鋭利なツッコミの余韻にしばらく驚いていればすぐにみんなが集まった。

「ちゆさん、あのね。…俺の部屋に雑魚寝ってどう?」
「ん?」
「正確には、もうちょっと飲むべ!宅飲みにしようや」

ジュンさんが、たくさん言葉を探したうえで、簡単に投げかける。

「そりゃあ、サヤっちとニャンニャンしたいけど、今日じゃなくていいし。せっかくだから、ちゆさんともゆっくり話したいのよ」

眠たくなったらそのまま雑魚寝になるっていう、学生みたいなスタイルだけどって笑いながら。
珍しく、彼らから一切の下心を感じなかったので了承した。
なんていうか、「チュッてキスするくらいなら挨拶だよね」みたいな雰囲気に流されたんだよね。葛藤することに疲れてて、楽になりたかった…。

コンビニでお酒やつまみを買いこみ、ジュンさんのアパートへお邪魔する。
意外にも片付いていた部屋の真ん中に買って来たものを並べて、酔っ払いたちはおのおの好きな体勢で談笑を始める。

カラオケでの甘ったるい空気は一切なく、昔ながらの友達と当たり前に飲むような感覚が心地よい。

さすがにどんな話をしたかまでは記憶にないのだけど、とにかく楽しかった。
キスしたい欲求も、ユウキが自然に頭をなでたり手を握ったりしてくれることで上手く紛らわされていた。
そろそろ寝るか…ってなると、隣の部屋はセミダブルの布団が2組敷き詰められていて。6畳か8畳くらいの部屋は布団で埋まっている。

「毛布とかテキトーに奪い合って寝るスタイルだから」

そう言いながらも一番入口よりにジュンさんが横になり、サヤカを手招く。
サヤカの横に私、奥にユウキと並んだ。
私とサヤカは電気が消えるとテンションが一度上がるタイプで、修学旅行みたいだねとはしゃぎながら眠りにつく。

もちろん、ちょいちょい男性陣がスキンシップ的なちょっかいを出したりもしていたけど。程よく疲れていたから笑って居るうちに睡魔に飲み込まれていった。

ふと、声が聞こえる。

その場にいるはずのない男の子の声。
私の耳元で、とても悲しげに「ごめんね」と告げた。

朝になって、ユウキとジュンさんは仕事に出かけた。
「お昼で帰って来るから、それまで寝てなよ」と言って。
私たちの出勤は午後3時。お昼にこの街を出ても十分に間に合う。

付き合いの深さに関係なく信頼されているようで嬉しくて。
申し訳ないと思いながらも、寝かせて貰えるのはありがたくてお言葉に甘えた。

サヤカと2人になって、ガールズトークが始まる。

「ジュンさんめっちゃやばいですね!」
「サヤカの事かなり気に入ってるみたいだしね」

キャーって言いながら盛り上がって、こんな風にまた遊びたいという話になる。
私がユウキと居たいから、ムリに付き合わせてしまったかと心配していたけれど…サヤカはサヤカなりに楽しんでくれてて良かった。

帰りの車の中でも、次はいつ遊ぼうか!という話題。
社交辞令ではないノリに嬉しくて心が躍る。

遊び人に、可愛い後輩を紹介してしまってよかったのか。
サヤカだって、曖昧な関係の彼が居るのに新たなご縁をつなげて良かったのか。
ユウキの彼女さんが帰って来ているのに、また遊びの約束をしていいのか…

私の中ではやりたい事と、しがらみが錯綜してる。
考える必要もないことを考えて、モヤモヤして、解放されたくてユウキを求める。

1人で抱えきれずに友人に相談したら。

「もう、葛藤するのが趣味なんだと思って聞いてる」とあきれられてしまった。

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