HANA…私の親友。私が幸せになるように、心から願って協力してくれる。
ジュンさん…ユウキの一番仲のよい先輩。
サヤカ…職場の後輩。ダントツおバカキャラ。明るく人懐っこい19歳。
決意
「もう良くないですか?聞き飽きました\(^o^)/」
「うん。私もいい加減話飽きて来た」
3月の間、何度となく繰り返した別れ話。
唯一話を聞いてくれる後輩が、爽やかにお腹一杯を訴える。
私も彼女、サヤカのダメ男との話にはお腹いっぱいなのでお互い様だ。
スキー時期は繁忙期で休みも取りにくかったけれど、3月に入ればパタリと宿泊客も減り、サロンも閑古鳥が鳴く。
有休消化のため仕事も少ない人数で回す事が多くなり、2人きりで店番ともなれば1日中おしゃべりタイムという事もあった。
だんだんと春の訪れを感じながら、自分も変わらなくてはという決心が固まる。
これ以上、若い子たちに振り回されてちゃいけない。
私が自分で選んで、前に進まなくては。
サヤカのバカすぎる恋愛話を聞いていると、なんだか催眠が解けたようだった。
ちなみに、彼女がどのくらいバカかというと、1週間を指で数えられないくらいなのだけど。お伝えすることがとても難しい。
「月、火、水、木、金、土…あれ、6日!ん?日、月、火、水、木、金、土、日…8日?」
可愛がっている後輩でなければ「こんなぶりっ子に付き合い切れない…、イライラする」というレベルでおバカなのだ。
男友達が常にいる所を見ると、そんな部分も今時っぽくて可愛いんだろうか…
それに比べたら、私は可愛げがないなぁ。もう少し隙と言うか、人に甘えるコトも全面に出しても良いのかもしれない。うむ。
彼女は車を持っていないから、職場への送り迎えは当番制。
遊びに行きたい時は「連れてってくださいよ~」と甘えてくる所が、素直でとても可愛い。
タイプの全く違うサヤカと過ごす時間は、新しい刺激になって楽しかった。
「あ!そういえば、ユウキの写真ないんですか?散々話聞いたんだから、最後に写メくらい見せてくださいよ」
他の同僚に見せた時に散々な言われ様だったので、他の誰にも見せていなかったのだ。
別れも決意したことだし、どうでもよくなってユウキとジュンさんの映った画像を差し出す。
「ヤバい…!カッコいい!!」
「話を聞いての通り、ダメ男だよ。浮気男はカッコよくても…」
「こっちの人!!
紹介してください…!!」
サヤカが物凄い勢いで詰め寄って来る。
指を差しているのは、ユウキの隣で微笑んでいるジュンさんだった。
細身で、しゅっとしていて確かにカッコいいけど…
私、もうユウキとは合わないって決めた所なんですけど?!
「いやいやいや!もう会わないから!!」
「ユウキはどうでもいいんです!そんなたぬき野郎はチユさんにあげますから」
ノリの良すぎる彼女はどこまで本気なのかわからない。
でも、こんな風にキャッキャと笑う事がトンと減っていたから、私にとっては本当に癒しの時間だった。
サヤカには悪いけど、もう会いに行かないよ。
温かい日差しの中で、そっと、区切りをつけた。
解放感
ユウキからのLINEを無視するようになって、心が軽くなった。
それでも時々寂しく感じれば、サヤカがカラオケに付き合ってくれる。
休みの日に、ワイワイと職場ではできないテンションで遊ぶのは、なんとも言えない解放感があった。
人懐っこくて惚れやすいサヤカは、信じられないくらいの軽さで遊んでいて。
自分が昭和の女なんだなぁ…と痛感しまくったと共に、話の内容が新鮮で聞き入ってしまう。
固定概念でガッチガチだった思考まで解れるような。
あたらしい世界に踏み出したような感覚。
サヤカとこんな風にご縁が結ばれるために、この冬の恋があったのかなぁ…なんて思うほど、世界が広く感じている。
「で、ジュンさんとはいつ会えますか?」
「会えません。もうLINEもしてないでーす」
事あるごとにジュンさんの話をするのも、ネタとしてありがたかった。
彼女はユウキをないがしろにしてくれるから、私の中でも終わった事にしやすくて。
いつかの執着がウソのように、自分のための時間を使えるようになっていた。
忘れ物
世の中が春休みに入る頃。
私はユウキの部屋に大量のモノを置いてきたことが気になった。
彼女さんが遊びに来た時、女性のモノがあったらどんな気持ちになるだろう。
いつかに渦巻いた「傷付けばいいのに」という気持ちは微塵もなく。
ただ純粋に、もう終わった事を蒸し返して傷つけたくないと思ったんだ。
もしかしたら、もう帰ってくるかもしれない。
私は慌ててユウキへLINEを送り、「会わずに取りに行くから玄関に出して置いて」と伝えた。
私が取りに行くのは、ユウキが彼女さんといつも電話をしている時間帯。
絶対に出て来ないという自信があったからあえて選んだ。
バレないように車を裏のコンビニに止めて。
足音を潜めて部屋の前に立つ。
目的のモノは紙袋へひとまとめになっていて、ドアノブにかかっている。
そっと、手を伸ばすと。
ドアノブが傾いてドアがあいた。
「上がって」
暗い顔で、怒ってるような低い声。
驚いたけど、久しぶりに見る顔も、鼓膜を揺らす声も、やっぱり愛しい。
こんなに誰かを好きって気持ち、やっぱりいいなぁ。
「上がらないよ。取りに来ただけ」
「忘れ物、他にもあるかもしれないから…」
「それは、捨てて。ちゃんと、彼女さんに見つかる前にキミの責任で」
ダダをこねるように訴えるユウキが可愛くて萌える。
くそ~ずるいわ。お風呂上りのユルイ感じが可愛いわ。
「ばいばい」
「待って。上がってくれないなら、
俺が行く」
「は?」
なぜか上着も羽織らずに荷物を取り、外に出た。
私の車はコンビニなのですが。
「ちょ、さむっ!車どこ!」
「帰れよっ!風邪引くわ」
「うるせー!車に乗せろー」
久しぶりにジャレてる気がする。
まったく引く気がないユウキに根負けし、車へ移動した。
暖房を全開にして温まる姿が、やっぱり可愛い。
「俺、やっぱりちゆと一緒に居たい」
「…居てもいいけど、私はもう愛してない」
「え…?」
「もう、一途に思うのやめたから。好きに恋して、自由にするよ」
「俺だけでいいじゃん」
「それは、私と同じ自由な立場になってから言って」
「ねぇ…俺の事、キライになったの」
大好きな手の平が頬に触れる。
ジッと見つめる黒い瞳に、魂を持って行かれそうになる。
でも、その手には乗らないんだ。もう。乗ってあげないんだ。
「ううん。大好き。でも、疲れちゃったから」
本当はこんな時間もアウトなんだけどな。
そう思いながらも、友達としてなら一緒に居られるような気がした。
「あのね、後輩ちゃんがジュンさんを紹介して欲しいって言うんだけど…」
「遊ぼう!!
よし、ジュンさんと遊ぼう」
食い気味にそういったユウキは、なんだか嬉しそうだった。
ちゆと一緒に居られるならなんでもいいと、無邪気に笑う。
今までの、好きすぎて重たい空気がウソみたいだ。
軽やかな気楽さで遊びの予定を立てて、ユウキが車を降りた。
帰り道、ほんの少しだけ後悔したけど関係ない。
もう、このまま友人として付き合っていく。
キレイな思い出としてしまっておきたい。
いつか笑い話にできたらいいな。
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