第2話 「ダメ元でやってみよう」が、失敗を先に決めていた
前回は、「相談しやすい人」と「この人から学びたい人」は同じではない、という話でした。
気持ちを分かってもらえる。
弱音も安心して話せる。
それは、とても大切な魅力です。
でも――
同じ場所に立ち続けたままでは、相手を前へ連れていくことはできない。
そんな、少し耳の痛い話でした。
そして今回。
その「寄り添い」の中に、もう一つ見落としていたものがありました。
それは、
挑戦する前から、失敗する未来を先に用意してしまっていたこと。
「ダメ元でやってみよう」に隠れていた未来
誰かが、新しいことに挑戦しようとしている。
でも、怖くて動けない。
- 失敗したらどうしよう
- 恥をかいたらどうしよう
- またダメだったら立ち直れないかもしれない
そんなとき、あなたはどんな言葉をかけてきたでしょうか。
もしかすると、こんなふうに言っていませんか。
「ダメ元でやってみたらいいじゃん」
深刻になりすぎなくていい。
まずはやってみよう。
ダメでも次がある。
そうやって、相手の背中を押したかった。
その気持ちは、すごく分かります。
でも――
対談の中で、その言葉を口にした瞬間、返ってきたのはこれでした。
「ダメ元だからね」
「……え?」
一瞬、意味が分からなくて止まりました。
「ダメ元」は、最初からダメを元にしている
よく考えてみると、
まだ何も始まっていないのに、
- ダメだったらどうしよう
- 失敗したらどう立て直そう
- 傷ついたらどう回復しよう
- 砕けたあとどうするか
と、すでに「失敗後」の話をしている。
「当たって砕けろ」も同じです。
前向きに聞こえるけれど、前提は「砕ける」。
そこで、思わず聞いてしまいました。
「当たったら、砕けるじゃないですか」
すると、返ってきたのが――
「砕けんなよ。行けよ」
……うっ。
これは、かなり刺さる。
怖いから慎重になるのに。
傷つきたくないから考えるのに。
でも、ここで突かれていたのはそこじゃなかったんです。
成功したいと言いながら、最初から失敗の準備をしていること。
その矛盾でした。
寄り添うほど、多数派側へ下りていた
安心させたかった。
怖くないよって伝えたかった。
でも、その言葉の裏側では、
- ダメになるかもしれないよね
- 失敗するのは怖いよね
- 動けなくなるよね
- 傷つきたくないよね
と、一緒に怖がっていた。
引っ張りたいのに、一緒に止まっていた
「寄り添いすぎ」
そう言われたとき、正直ピンときていませんでした。
だって、
怖かった経験があるから分かる。
動けなかった気持ちも知っている。
だから寄り添う。
それの何がいけないのか、と。
でも違ったんです。
問題は寄り添うことじゃない。
寄り添ったあと、どこへ進むのかを見せていなかったこと。
- 私も怖かった
- 私も失敗した
- 私も動けなかった
ここまでなら、安心は生まれる。
でも、
- それでも抜けられた
- 今はここにいる
- あなたにも別の道がある
ここまで見えなければ、希望にはならない。
でも「最悪まで考える癖」は、質問力だった
ここで終わりじゃありませんでした。
むしろ、ここからが大事でした。
「当たったら砕けるじゃないですか?」
この質問。
実はこれ、多くの人が言葉にできていない部分なんです。
多くの人は「分からない」で止まる
- 何が分からないのか分からない
- どこが怖いのか言えない
- 「無理」「嫌」で終わる
- 質問が出てこない
でも、
- ここで止まりそう
- ここが怖いはず
- ここで砕けるかもしれない
と、壁の形まで見えていると、
「当たったら砕けるじゃないですか?」
という問いになる。
これを聞いた人は、
「あ、私はそこが怖かったのか」
と初めて気づける。
見えない壁を、見える形にしていた
ネガティブに考えること。
それ自体が悪いわけじゃなかった。
むしろ、
- 聞き手の怖さを代弁できる
- 話し手とのズレを埋められる
- 理解の橋渡しができる
MCとしては、グッジョブだった。
ここは、ちゃんと認めていいところでした。
悩んでいる時間が長くても、深く考えているとは限らない
ここから話は、さらに厳しくなります。
「ちゆきちゃんは、ネガティブ考えるの好きなんやと思う」
「好き……?」
ちょっと複雑です(笑)
でも確かに、
- なぜ止まるのか
- 何を怖がっているのか
- どうすれば動けるのか
を考えるのは嫌いじゃない。
一方で、多くの人はここで止まります。
- ダメでした
- 嫌でした
- 分かりません
- 動けません
そこで終わる。
「ほとんどの人のネガティブって、めっちゃ浅い」
うっ……。
これも刺さる。
でもここで言っている「浅い」は、
苦しみが軽いという意味じゃない。
「嫌だ」と思った瞬間から先を見ていない状態。
「早く終わってほしい」だけでは、宝にならない
ネガティブは宝の山。
よく聞く言葉です。
でも実際は、
- 早く終わってほしい
- この状態から抜けたい
- もう考えたくない
と思っていることが多い。
だから中を見ない。
蓋をする。
ネガティブは「調べる対象」になる
少しだけ視点を変えると、
- 何が嫌なのか
- 何が怖いのか
- どこで止まるのか
が見えてくる。
すると、
- 別の方法はないか
- 避けながら進めないか
という問いが生まれる。
蛙の道が嫌なら、家から出ない以外の方法もある
ここで出てきたのが「蛙の道」の話。
目の前の道に蛙がたくさんいたら、
- 見たくない
- 通りたくない
- 近づきたくない
と思うのは当然です。
でもそこで、
「じゃあ外に出ない」
になると――
「カエルを避けることに頭いっぱいになる。その道は通らないと思った。家から出ない。浅いでしょ」
うっ……また刺さる。
外に出ることまで諦めなくていい
本当は、
- 別の道を探す
- 時間帯を変える
- 誰かに聞く
- 方法を変える
という選択肢もある。
嫌な道を避けることと、目的地を諦めることは別。
成功した人は、蛙の道を突破したとは限らない
成功している人を見ると、
「あの人は努力で乗り越えたんだ」
と思いがちです。
でも返ってきたのは、
「その人はカエルの道、避けてるだけやで」
「え?」
「別の道、行ってるだけやろ」
……確かに。
- 苦手を避けた
- 得意を選んだ
- 環境を変えた
それだけかもしれない。
悩んだ時間と、考えた深さは違う
長く悩んできた。
それだけで「深く考えた」と思いたくなる。
でも――
「それは家から出ない時間が長かっただけの話」
うう……。
これは痛い。
でも本質でした。
考えるとは、動かすこと
- なぜ嫌なのか
- 他に方法はないか
- 何ならできるか
ここまで進んだとき、初めて現実が動く。
庭は、芝生でなくてもいい
最後に出てきたのが「庭」の話。
庭=芝生。
そう思い込んでいませんか。
でも、
- 芝生だから蛙が来る
- 蛙が嫌だから庭に出ない
という矛盾が起きる。
そこで一言。
「なんで芝生なん?」
前提を疑う
- SNSで見たから
- みんなやってるから
- 成功者がそうだったから
それ、本当に自分の理想でしょうか。
自分がどんな庭を望んでいるのか。
そこから考え直す必要がある。
嫌な道を通らないことと、諦めることは違う
嫌なことを避けたい。
それは自然です。
でも、
嫌な道を通らないことと、目的地を諦めることは同じではない。
動けなかった理由は、
意志の弱さじゃないかもしれない。
ただ、
「その道しかない」
と思い込んでいただけかもしれない。
今日の気づき
- 「ダメ元」は失敗の未来を先に描いている
- 寄り添いすぎると、一緒に止まってしまう
- ネガティブは質問力にもなる
- 悩んだ時間=深さではない
- 「嫌だ」の先に問いを置くと道が増える
- 成功者は別の道を選んでいる可能性がある
- 理想は他人から借りていることがある
次の一歩
今、止まっていることを一つ思い浮かべてみてください。
そして問いを変えてみる。
何が嫌なのか。
それを避けたまま進む方法はないのか。
すぐに答えは出なくていい。
でも、その問いが生まれた時点で、
もう「家から出ない」以外の選択が始まっています。
次回予告
別の道があると気づいたとき、
次に出てくる疑問があります。
そもそも、その目的地は本当に自分のものなのか。
SNSで見たから。
成功者が言っていたから。
AIがそう答えたから。
それを「自分の理想」と思い込んでいないか。
最終話では、
「役に立つから見る」から「この人だから見たい」へ。
ファン化の正体に迫ります。

comingsoon…












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